最高裁判所第一小法廷 昭和27年(あ)6863号 判決 1953年6月04日
主文
原判決を破棄する。
被告人を無期懲役に処する。
押収に係る菜切庖丁一挺(証第一号)はこれを没収する。
押収に係るナイロン製財布一個(証第二号)及び現金一二一円五〇銭(証第三号)はこれを被害者宮崎奈良江の相続人に還付する。
第一審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人真鍋喜三郎の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張に帰し、被告人本人の上告趣意は量刑不当の主張であって、いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
職権をもって訴訟記録並びに原裁判所及び第一審裁判所において取り調べた証拠により本件犯罪の情状を調査するに、被告人は第一、二審判決の認定したとおり「競輪」に熱中し為に借財に苦しみ、松本食品工業所を解雇せられ極度に生活費に困窮し焦慮の挙句、強盗を決意して昭和二六年九月一一日午前一〇時過頃、自宅台所にあった菜切庖丁(証第一号)を懐中し、大阪市住吉区浜口町東二丁目二六番地宮崎奈良江方に赴き本件犯行に及んだものであって原判決のいうようにその犯罪の動機に諒察すべき点がなく且つ殺害の方法が残酷であることは否定できないし、また何らの非違もなく被告人の為に惨酷な手段によってその生命を奪われた被害者本人及びその遺家族にとって取り返しのつかない不幸と苦痛とを与えたことも明らかである。
しかし、第一審判決が認定したとおり、被告人は犯行数日前より神経衰弱気味に陥り凶行当日は多少通常の平静心を失っていたものと認められる点、ことに、殺害そのものは計画的のものではなく、被告人の制止に拘らず被害者が大声で救いを求めたため周章狼狽しその叫び声を止め発見逮捕を免れようとして発作的にしたものと認められる点、その他被告人には前科なく、競輪を除き平素の勤務振りも精励であったことや、犯行後の改悛の状況家庭の情態等を参酌すると、原判決が被告人を死刑に処したのは量刑不当であって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認めざるを得ないのである。
よって、刑訴四一一条二号によって原判決を破棄し、同法四一三条但書により更に判決することとし原判決の是認した第一審判決の認定した事実に法律を適用すると、被告人の行為は刑法二四〇条後段に該当するので、所定刑中無期懲役を選択してこれに処し、押収の菜切庖丁(証第一号)は本件犯行の用に供したもので、被告人以外の者に属しないから同法一九条一項二号、二項によりこれを没収し、ナイロン製財布一個(証第二号)及び現金一二一円五〇銭(証第三号)は、本件犯行の賍物で被害者に還付すべきものであるが、被害者が死亡しているので刑訴三四七条一項に従い、これを被害者宮崎奈良江の相続人に還付すべきものとし、第一審及び当審における訴訟費用は同法一八一条一項を適用して被告人にこれを負担させることとし裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野 毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎)